何が俺なの 

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見てくれている人が一人二人いらっしゃるようなので、
ほそぼそですが続けていきたいと思います。
ありがとう

ところで、上のポラロイドは何年か前のものです。
たしか日韓ワールドカップの日本対ロシアだったかな?
土曜あたりに友だちに誘われて銀座の普段は中華料理屋さん
なんだけどこの日は特別にサッカー観戦バーみたくなってる
ところに行ってました。

最近もサッカーの試合をやっているみたいで盛り上がっていた
らしいのだけど、以前から不思議に思っていました。
日本人だから日本を応援するのが当たり前なのはなんでだろう?
そんなに騒ぐようなことでもないのでは?
いや騒ぎたいから騒いでるだけでそれがサッカーでもバレーでも
なんでもいいのかも。
それなら少しはわかる。

じゃあ自分が日本人だと思っているのは、それはどういうことだろう?
ここが日本だという場所に生まれて育って日本語を喋っている。
そんで日本国籍を有してるらしい。
けど外国に行った時でも、日本語しか喋れないのは不便だなと思うくらいで、
とくに自分が日本人だと意識した事はあまりないし、
もともと住んでいたところを離れて、
ふるさとが懐かしいと思う気持ちはよくわかるが、
ただそこで生まれてそこで育っただけのことで、
それ以上のことではない。

考えてみれば国というのは概念であって、
そもそも存在しないものでもあるし、もっと進めば、
自分が男であるとか女であるとか、更に先には
自分が人である、と思っていることも、それはどういうことなのだろうか?
とまあたわいのないことを最近よく考えています。

そう、上の四枚組みの写真の左上のほっぺに日の丸マークの彼は
この写真を撮った1年後に癌で亡くなった。
生きて死ぬとはどういうことなのか、
存在が有ると無いとはどういうことなのか。

御冥福を祈ります、と書こうとした今も
御冥福を祈るというのはどういうことなのか?
一体、誰が誰に御冥福を祈っているのだろう。
無いものには御冥福もなにも祈りようがないではないか、
けれど思わず祈ってしまうのは、そこになにかの存在を
感じているからなのだろうか。

死ぬということは何か特別な事なんだろうか。
生きて死ぬ、ということは当たり前すぎるくらい当たり前の事で、
あなたもそうだし、俺もそう、今日見た虫や草や木も。
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by dragon-mouth | 2005-07-16 23:48 | 日記


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